浦戸湾年表 |
時代 | 年代 | おもなことがら |
平 |
930年 | 紀貫之が国司となり、土佐の国にくる |
934年 | 紀貫之が京都に帰り「土佐日記」を書く | |
鎌 倉 室 町 |
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安 土 桃 山 |
1575年 | 長宗我部元親が土佐を統一する |
1585年 | 長宗我部元親が四国を統一する | |
1596年 | スペイン船が浦戸に流れつく | |
1600年 | 関ヶ原の戦いで長宗我部元親が敗れ、山内一豊が土佐の藩主となる | |
江 戸 |
1603年 | 新しくできた高知城に山内一豊が移る |
1631年 | 野中兼山が奉行となり、土佐藩の政治をする | |
1707年 | 土佐に「宝永の大地震」が起こる | |
1867年 | 坂本龍馬が海援隊をつくる | |
明 治 |
1868年 | 明治維新のとなる |
1871年 | 藩をやめ高知県となる | |
1889年 | 高知市ができる | |
1890年 | 高知丸が阪神間に就航する | |
1891年 | 九反田に高知青物市場と魚市場ができる | |
1899年 | 高知水上警察署が農人町にできる | |
1903年 | 西孕にセメント会社ができる | |
1904年 | 高知に初めて電車が走る | |
1905年 | 高知水上警察署が潮江に移る | |
1906年 | 浦戸湾で巡航船の営業がはじまる | |
1910年 | 高知市に初めて自動車が走る | |
大 |
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昭
和 |
1926年 | 桂浜の防波堤の工事がはじまる |
1930年 | 九反田に高知市中央卸売市場ができる | |
1933年 | 高知新聞社が海軍から水上機2機を購入し、浦戸湾横浜に基地を造る | |
1934年 | 室戸台風のため大きな被害を受ける | |
1936年 | 水上警察署が浦戸警察署に変わる | |
1938年 | 浦戸港を高知港と改める(4月開港) | |
1941年 | 太平洋戦争が始まる | |
1945年 | 高知市の大半が空襲で焼ける | |
太平洋戦争が終わる | ||
1946年 | 南海大地震のため損害を受ける | |
1947年 | 種崎などの海水浴場が復活する | |
1948年 | 大阪−高知間に準定期航空路が開かれる | |
1956年 | 浦戸湾の巡航船が廃止になる | |
桂浜の竜宮松が枯れて、残り1本になる | ||
浦戸湾口の岩礁の爆破作業が始まる | ||
1960年 | 五台山に展望台と山頂までのドライブウエーができる | |
1962年 | 長浜−種崎間にフェリーが就航する | |
高知港改修で狭島の爆破作業が始まる | ||
1965年 | 鏡川沈下橋下流で水泳ができなくなる | |
1967年 | 新青柳橋が開通する | |
高知市中央卸売市場が九反田から弘化台へ移る | ||
1969年 | 高知市が鏡川をシンボルにしようと「市民憲章」を宣言する | |
1970年 | 台風10号のため、高知市中心に大きな被害を受ける | |
浦戸湾に防潮堤がつくられる(1972年完成) | ||
1971年 | 浦戸湾を守る会会長らが、高知パルプの排水管をコンクリートで封鎖する | |
大阪−高知を結ぶ土佐特急フェリーと大阪高知特急フェリーが就航する | ||
新宇津野トンネルが開通する | ||
1972年 | 浦戸大橋が開通する | |
名古屋−高知−鹿児島のフェリーが就航する | ||
1973年 | 高知−東京のフェリーが就航する | |
1980年 | 高知市の人口が30万人を超える | |
1981年 | 鏡川大橋が開通する | |
1983年 | 高知空港にジェット機が就航する | |
1985年 | 高知競馬場が桟橋通6丁目から長浜へ移る | |
1988年 | 高知新港の工事が始まる | |
平 |
1998年 | 高知新港が一部開港する |
‘98高知大水害がおこる | ||
2001年 | さんふらわあが廃止になる | |